A Groovy Kind of Love 恋はごきげん
「はあ…」
カセットデッキのままため息を吐くという芸当をやってのけたブロードキャストは、切なげに独りごちた。
「、なぜ君はサイバトロンじゃないんだろう」
物思いにふけるブロードキャストをガツンと小突く赤い影。その弾みでトランスフォームしてしまった彼は乱暴なその影に抗議した。
「いてッ。アイアンハイド、ちょっと何なの」
「何じゃない、今日はメンテナンスの日だろ。お前がいつになっても来ないからラチェットがカンカンだぞ」
どこからともなくチェーンソーを取り出してにこやかに微笑む軍医を想像してしまい、ブロードキャストは身震いしたが、今はそれよりも重要な問題に直面していた。
めずらしく辛気臭いブロードキャストが気になって、アイアンハイドは彼の顔を覗きこんだ。表情は――機械生命体である自分たちは人間ほど豊かな表情を持たないから見ただけで読み取ることは難しいが、あまり愉快そうでないことは確かだった。
「どうしたんだ。お前らしくもない」
「分かる?分かる?俺っちのこの気持ち!」
両手を広げて熱弁を始めそうな彼に、アイアンハイドは少し引き気味に首を横に振った。何も言ってないのに分かるはずないのだ。
「いや、分からん」
「恋人がいるあんたなら分かるだろ?この切ない気持ち!」
突然クロミアのことを引き合いに出され、アイアンハイドは言葉に詰まった。何がどうなって彼女の名が出たのだろうか。さっぱり分からない。
「何のことだ」
不思議そうに首を捻るアイアンハイドにブロードキャストはやきもきしながら声を荒げた。
「だからぁ、俺は煩ってんの!」
「なに、患ってる?どこを?」
早いとこラチェットに診てもらえ、とブロードキャストの肩に手を置いてアイアンハイドは心配そうに言った。ブロードキャストはずっこけそうになるのを抑えながら、その手を払いのける。
「違うってば!恋煩いだよ、こ・い・わ・ず・ら・い!」
「コイ…?」
「アイアンハイドはクロミアに会えなくて寂しくならないの?」
ブロードキャストは腕を組んでアイアンハイドに問うた。きょとんとしたアイアンハイドはクロミアのことを思い出しながら「無いでもないが」とはっきりとは答えない。
「えー?!無いの?寂しくないの?」
大げさに驚くと、アイアンハイドはむすっとした表情で「無いとは言ってない」と顔を背けた。
「俺はまさに今そうなの!会いたいのに会えなくて……こんなに切ないことは無いよなぁ!」
「どこのだれに」
アイアンハイドはブロードキャストの言動に突っ込むことを諦めて、おとなしく付き合ってやることにした。ウルサイ彼の愛しい彼女とは一体どこの誰なのか。それらしき影を見たことは無い。
「」
ブロードキャストの言葉に、アイアンハイドはぱちぱちとアイセンサーを点滅させた。とは以前地球にやって来た流れ者のトランスフォーマーだ。もともとセイバートロン星に住んでいた自分たちと同じ種族の生命体だが、戦争が始まるやいなや星を脱出して気ままに宇宙を旅している変わり者だ。
「って、いま基地にいる」
「そう」
初めて地球に降り立ったときは戦闘を好まないためにサイバトロン側に付いていた。アイアンハイドのメモリーにはあまり重要な人物として記憶されていないのだが、ブロードキャストにとっては忘れられない存在としてしっかり記憶されているらしい。
そしてそのはちょうど地球近くに来たからという理由で、いまサイバトロン基地を訪れているのだ。相変わらずのホワンとした言動は、彼女が本当に流れ者として銀河系を渡り歩いているのかと疑いたくなるほどの軽さである。
「……ブロードキャスト、会いたいのに会えないって言ってたが、いま会えてるじゃないか」
先ほどの言動を思い出しながら、アイアンハイドはブロードキャストを見つめる。
「そりゃ、今は彼女が来てくれてるからだよ。でもいつまた出て行くか分からないし、次に会える日だって分からないんだぜ」
「だったら今のうちに話でもなんでもしとけば良いだろう。悩んでる間に会いに行けよ」
俺だったらそうする、と言葉には出さないがアイアンハイドはむっつりした顔でブロードキャストを睨んだ。
「そ、それはそうだけど…」
「なんだ。モジモジするな。はっきりしろ」
「いや、その」
ブロードキャストの煮え切らない態度に、アイアンハイドはイライラしてもう一度はっきりしろと半ば怒鳴るように言った。ブロードキャストが身を竦ませてとっさにトランスフォームすると、明るい声が後ろから響く。
「あ、ブロードキャスト、アイアンハイド。こんにちは」
トコトコと廊下を歩いてきたのはだった。ブロードキャストは大急ぎでトランスフォームすると、にこやかに近づいてくるにドキドキしながら、ぴんと身体を伸ばして挨拶を交わす。
「や、やあ。元気かい」
「ふふ、ブロードキャスト。朝会ったばっかりだよ」
くすくすと笑うにブロードキャストは見とれた。別段フォルムが美しいというわけでも、声が美しいわけでもない。ただ、彼女の柔らかい微笑みと包み込むような声がブロードキャストの心を掴んで離さないのだった。
「そ、そうだね」
「」
「なあに、アイアンハイド」
「コイツをラチェットの所まで連れてってやってくれないか」
アイアンハイドの妙な頼みごとには彼とブロードキャストを見比べる。ブロードキャストはじたばたと手を動かしてアイアンハイドに何事か抗議しているようだが、対するアイアンハイドはそれっきり黙りこんで明後日の方向を見つめている。
「ブロードキャスト、どこか悪いの?」
「ぜ、全然!そんなことないよ」
「いや、実はブロードキャストは特殊な病を患っていてな…」
アイアンハイドの真面目くさった態度にはすっかり騙されて、ブロードキャストを見るなり「そうなの?大丈夫?」と肩でも貸すのではないかと思うほどに心配した。ブロードキャストはその気遣いが痛いぐらい嬉しかったので、違うと切り捨てることもできずにアイアンハイドを睨みつけるに終わった。
「はやくラチェットの所へ行こう?」
「そうだぞブロードキャスト。と一緒なら嫌じゃないだろ」
「わ、わかったよ。行けばいいんだろ!」
自棄になって叫んだブロードキャストに、アイアンハイドはにやりと笑う。
「じゃあ、あとはよろしく」
仲良く歩く二人を見つめながら、アイアンハイドはさっきの会話記録をラチェットに送った。
***
「ラチェット、ブロードキャストはどんな病気なの?治る?」
は心配そうに診察台に乗ったブロードキャストを見つめた。アイアンハイドから事の次第を聞いているラチェットは神妙な顔をして診察台に乗るブロードキャストを見て、笑いそうになるのを堪えた。
「いや、これはかなり悪いな」
「えっ」
「しかし、身体が問題なんじゃない。これは彼のスパークにトラブルが起こっているんだ」
「スパークに?」
「そう」
「どうやって治すの?」
ラチェットは肩をすくめ、両手を挙げて首を振った。
「治しようがない。これはブロードキャストが自分と向き合うことで初めて治る病気なんだ」
「向き合う?」
はブロードキャストの顔を上から覗き込んだ。彼女の可愛らしい顔が近づいてきて、ブロードキャストはスパークがざわめくのを感じた。可愛い、かわいい、カワイイ。
「ブロードキャストが自分の心の内を全て話すことができれば、その時病気は治る」
「ちょ、ちょっとラチェット…」
さすがにと抗議しようとしたブロードキャストに、ラチェットは満面の笑みを浮かべながら、唇を”黙れ”とかたちどった。その恐ろしさといったら、デストロンに囲まれたほうがいくらかマシなぐらいのものだった。
「ブロードキャスト、思ってること言わないとダメみたい…」
「え、あ、そ、そうだね」
「ラチェット、それは誰に言わないとダメなの?コンボイ司令官とか?」
「ちょっと違うな。ブロードキャストの場合は、彼が一番思っている相手に言わないとダメだ」
「おもってる?」
がたんと診察台が揺れ、はびっくりして振り返る。寝ていたはずのブロードキャストが起き上がって、何事か言いたげにラチェットを睨んでいる。
「ブ、ブロードキャスト」
「ふむ。、どうやらブロードキャストは君に言いたいことがあるみたいだね」
「んなっ」
ブロードキャストがとたんに情けない声を出すと、ラチェットはひらひらと手を振りながらリペアルームを出て行く。追いかけようとしたブロードキャストを止めたのは、他でもないだ。
「っ」
「だめだよブロードキャスト、ラチェットのいう事聞かないと」
白い軍医の姿が見えなくなると、いつのまにか部屋の扉はぴったりと閉じられてご丁寧に外からロックまで掛けられている。
「で、でも」
「ブロードキャスト、私に言いたいことってなあに?」
診察台にブロードキャストを横たえて、は再び彼を上から覗き込んだ。天井に取り付けられたライトが逆光になっての顔ははっきりとは見えないが、しなやかな手が頭を撫でる感覚に思わず声が漏れる。
「それが言えれば、あなたは楽になれるんだよね」
無意識なのかわざとなのかは診察台に頬杖を付いて、ブロードキャストの顔に唇を寄せるように身体を近づけた。ブレインサーキットが爆発してしまうのではないかと思うぐらいに熱い。こんな奇妙なシチュエーションでなければ、もっとスムーズに思いを伝えられるのに。
「いや、その」
「ブロードキャスト、私じゃ力になれない?」
は悲しげな眼差しでもってブロードキャストを見つめた。きらきらと輝くアイセンサーはこの宇宙の中で一番きれいなものに違いなかった。これ以上に美しいものがあるとすれば、それはの他の部位だろう。なんでこんなに美しいんだろうか。好きになったその時から彼女は燦然とした輝きを放って、自分に何かを呼びかけてくる。
「そ、そんなことない!」
がばりと抱きしめたい気持ちをなんとか抑えて、ブロードキャストは大仰に首を振った。
「じゃあ、話して…」
ゆっくりと自分の名前を形どるその唇に、ブロードキャストは誘われるように言葉を紡いだ。
「そ、その、俺は……君が…」
「私が?」
「君を、いや、君がずっと…その、なんていうか…」
なかなか言い出せないブロードキャストには撫でていた手をそっと離した。アイセンサーがきょろきょろせわしなく動いている。
「す、好き…だ」
の驚いた顔がアイセンサーいっぱいに広がって、ブロードキャストは頭を抱えたくなった。言ってしまった、言おうか言うまいか長い間悩んでいた大事な言葉を。まさかこんな場所で。
「……」
「び、ビックリしたよな!ゴメン、その、イキナリで迷惑だよな」
あたふたと何かを取り戻すようにブロードキャストは捲くし立てた。は相変わらずぽかんとした顔で自分を見つめている。
「ご、ゴメン、ほんとゴメン」
診察台からそそくさと降りようと体勢を変えたブロードキャストの腕を、がぐいと掴んだ。
「な、え、?」
どしんと診察台に押し倒されるようになったブロードキャストは、馬乗りになって自分を見下ろすにどう対応してよいか分からず口をぱくぱく動かした。声が出ない。
「嘘なの?」
は真剣な表情をぐっと近づけて問うた。
「私が好きなのはうそなの?」
「へ…?…」
「ブロードキャスト、もう一回言って」
「、それって」
「もう一回言って!」
は顔を背けて言った。ブロードキャストは呆気に取られて彼女を見つめていたが、どう考えても自分に嬉しい展開としか思えなくて緩む口元を引き締めるのも忘れて言った。
「、君が、好きだよ」
「ホント?」
「嘘じゃない。好きだよ…君は?」
は背けていた顔をゆっくりと戻すと、はにかみながら「わたしも」と応えた。その愛しさにブロードキャストは耐え切れなくなって彼女を抱いた。短い悲鳴と一緒にくすくすと笑い声も聞こえる。しなやかな腕が自分の頭や顔を撫でた。これほど幸せなことってあるだろうか?
「ブロードキャスト」
「」
互いの名を呼んで、二人はどちらからとも無く唇を寄せ合った。ぎゅっと抱きしめた身体から、どうしようもない思いがあふれ出て止まらない。このままずっと抱き合っていたいような、とてつもない幸福感にブロードキャストは溺れた。
「すき」
「うん、好きだよ」
いつもとは違う、甘えたにブロードキャストはくらくらする。好きだなんて何回言っても足りない。もっともっと一緒にいたい。近くにいたい。
「」
「うん」
ブロードキャストの手がおそるおそる彼女の頭から首、背中を撫でる。はびくんと身体を震わせたが、なされるがまま彼にしなだれかかった。
そろりと這わされたその感触にが小さく声を上げた瞬間、ブロードキャストの頭の中で彼の大好きな騒音が響き、続いてラチェットの雷が落ちた。
――ブロードキャストっ!リペアルームはそういう事をする場所じゃないんだがね!
思い切りブロードキャストの身体が跳ねて、は心配そうに声をかける。
「ブ、ブロードキャスト、大丈夫?」
「あ、ああ」
――二人とも、しっかり楽しんだな。もういいだろう
「ラチェット!」
がアイセンサーを明滅させてブロードキャストを見る。どうやらブロードキャストにだけ回線をオープンにしているらしい。
――さあ早く出た……あ、いや出るのはだけだ。ブロードキャスト、お前はそのまま寝てろ
「なんでだよ」
――そもそもなんでココに連れてこられたのか分かってないな
「?」
ブロードキャストは甘い記憶をきっちりメモリーに保存すると、それ以前のメモリーを呼び出した。確かアイアンハイドと何か話していたような……
「あっ」
――思い出したか
「め、メンテはいいだろ?このとおり元気だから!」
――好きな子とじゃれあう元気があることは十分わかったよ。身体は問題ない
「回路も大丈夫だって!」
――ほう、どの口がそうほざくのか診てみる必要がありそうだな。やっぱり全身メンテだ。そのまま寝てろ
怒気をはらんでいた言葉がいつしか楽しげな調子に変わっていったのを感じ取り、ブロードキャストはしばらく会えないかも、と名残惜しげにを見つめた。
***後書き***
銀月さまリクエストのブロードキャストでした^^
いかがでしたでしょうか?
ブロキャ楽しいです。ちょっと慣れるまでに時間が掛かってしまって、書き上げるのが遅くなってしまいました(^^;)
あと、一方通行な感じがあんまり出なくって申し訳ありません><
なんとか甘くなりましたでしょうか…?
ブロキャは陽気なイメージがやっぱり強いんですが、無邪気で雰囲気でやることはやってそうです。子どもっぽくは無さそうです。ノリがいいだけで^^
これもきっと難波さんの声の賜物なんだろうな〜あの真面目なときとバカやってるときのギャップがスゴイ!ブロードキャスト・ブルースの「一目散に逃げようZE〜☆」のくだりは笑いました(゜∀゜)
銀月さま、ご笑納くだされば幸いです!